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広島地方裁判所 昭和51年(ワ)383号 判決

原告 石田米壮

右訴訟代理人弁護士 清信進

被告 学校法人 石田学園

右代表者理事 石田成夫

右訴訟代理人弁護士 角田好男

主文

一  被告は、原告に対し、金二九六万八、〇〇〇円および昭和五五年三月から原告死亡に至るまで、毎月末日かぎり一ヶ月金五万六、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、主文第一項の金二九六万八、〇〇〇円の支払を命ずる部分についてのみ、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、昭和五〇年一〇月一日から、原告死亡に至るまで、毎月末日かぎり一ヶ月金二三万円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告学園の創設者である亡石田眞一の長男で、昭和一五年三月以来同学園の理事長の役職にあったが、昭和三二年二月右理事長の役職を辞して、同学園を去るに当り、同月二一日公正証書により、被告との間に、次のような終身定期金契約(以下本件契約という。)を締結した。

(一) 被告は、原告に対し、昭和三二年三月から原告死亡に至るまで、毎月末日かぎり一回金五万円宛の金員を支払う。

(二) 右金額については、著るしい物価の変動又は被告学園の経営上の事情の変化等に応じ、双方協議の上その額を増減し得るものとする。

2  しかして、右定期金の額については、昭和四四年四月二五日広島簡易裁判所における調停期日で、同年五月一日から一ヶ月二万円宛増額されて金七万円となり、被告は、原告に対し、右金員を同月以降毎月末日かぎり支払う旨の調停が成立したのであるが、その後も著るしい物価の高騰があったので、原告は、昭和五〇年一〇月被告を相手方として広島簡易裁判所に調停を申し立て、右定期金の増額につき協議を求めたところ、被告はこれに応ぜず、右調停は不調となった。

3  原告としては、昭和五〇年一〇月当時の物価の情勢等に照らすと、本件定期金の額は一ヶ月三〇万円が相当であると信ずるので、前記のとおり既に債務名義を得ている一ヶ月七万円との差額二三万円宛を、被告に対し、同年一〇月一日から原告死亡に至るまで、毎月末日かぎり支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否および反論

1  請求原因1記載の事実については、訴外亡石田眞一が被告学園の創設者であるとの点を除き、その余の事実はすべて認める。被告学園の創設者は右石田眞一の父石田米助である。

2  請求原因2記載の事実については、その後も著るしい物価の高騰があったと主張している点を除き、すべて認める。

3  本件契約によれば、原告主張のように定期金の額につき「双方協議の上、その額を増減し得るものとする。」旨約定されているところ、このことは、原告と被告とが協議の上合意に達しなければ増減できないものと解すべきであるから、右の合意が成立していない以上、原告からの一方的な増額金支払請求は許されない。すなわち、本件契約には、「協議が調わないときは、裁判所の判断に従う。」旨の特約条項が存しないのであるから、原告としては、この協議と合意ができないからといって、右協議に代わる裁判を求め、法律上の請求をすることはできない。

三  抗弁

1  事情変更による本件契約上の義務の消滅

(一) 本件契約は、被告学園が山陽中学・高等学校を経営していた当時における原告の理事としての勤務につき、その功績を評価し退職一時金を補う趣旨で締結されたものであるところ、原告退職後の昭和四二年一月二三日、被告学園は広島経済大学の設立認可を得て、同年四月一五日第一回入学式を挙行し、以後右山陽中学・高等学校と併せて同大学を経営することとなった。

(二) ところが、その後、山陽中学・高等学校の一部教職員を中心とする煽動によって、いわゆる学園紛争が発生し、この解決のため、第三者(広島県文教課等)のあっせんにより、被告学園は、広島経済大学の経営のみに専念することとし、山陽中学・高等学校の経営権を放棄し、新たに昭和四七年三月三一日学校法人広島山陽学園(以下山陽学園という。)が設立登記され、同学園が被告学園とは別個に右中学・高校を経営するに至った。

(三) そしてその際、山陽中学・高等学校が利用していた土地・建物・備品・什器類一切および預・貯金等多額の資産が、被告学園の所有をはなれ、山陽学園に所属することとなった。

(四) したがって、原告が理事長の職にあった当時、被告学園が経営していた山陽中学・高等学校は、これに所属する全財産とともに、山陽学園に移転されたものであるから、本件契約上の債権、債務も、昭和四七年三月三一日以後は、当然山陽学園に引継がれ、被告学園の負担していた右契約上の義務は消滅したものというべきである。すなわち、原告としては、本件契約上の義務の履行を山陽学園に対して求めるべきであって、被告学園に請求するのは筋ちがいである。

2  事情変更にもとづく本件契約の解除かりに、右主張が理由なしとしても、

(一) 本件契約は、被告学園が山陽中学・高等学校を経営し、かつ、同校の施設たる土地、建物、備品等の財産およびこれに属する預貯金等を所有し、授業料その他の収入を得て、財政面においても継続的に裏づけされていることを暗黙の前提とし、これが将来においても維持され、この基礎が変らないという条件と事情の下に取り決められたものであり、だからこそ同契約第三条では、本件定期金の額につき、「被告学園の経営上の事情の変化等に応じ、双方協議の上その額を増減し得るものとする。」との特約が設けられたのである。

(二) しかして、被告学園の経営上の事情が本件契約締結後大いに変化したことは抗弁1において主張したとおりであって、被告学園としては、現在原告に対し、将来にわたって退職金類似の本件定期金を支払うべき基礎(すなわち学校経営と財産と収入等)を失っている。よって被告は右事情の変更を理由として、本訴第三回口頭弁論期日(昭和五一年一一月一五日)に、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

3  事情変更に基づく本件定期金の支払免除、減額または現状維持の主張

かりに、右契約解除の主張が容認されないとしても、

(一) 被告学園は、私立学校振興助成法第四条により、国から私学助成金の交付を受けているところ、会計実施検査のため被告学園を訪れた会計検査院の係官から、本件定期金の支払は適正妥当を欠くので、早期に是正解決するよう指摘されている。

(二) そして同法第五条一項五号によれば、「その他教育条件又は管理運営が適正を欠く場合は、第四条の補助金を減額して交付することができる。」旨定められているので、被告学園がこのまま本件定期金の支払を続けていれば、国からの右助成金が減額されるおそれがある。

(三) したがって、本件契約第三条の特約条項に則り、前述のような事情の変更と右(一)、(二)のような特殊事情の存在を理由として、本件定期金支払の免除、またはその減額若しくは現状維持を主張する。

四  抗弁に対する認否ならびに反論

1  抗弁1の(一)ないし(三)の事実は不知、同(四)の主張は争う。

2  抗弁2の事実中、被告がその主張日時に本件契約解除の意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。すなわち、主張のような理由で本件契約を一方的に解除することはできない。

3  抗弁3の(一)、(二)の事実は不知、同(三)の主張は争う。

4  被告は、本件契約締結当時と現在とでは、被告学園経営上の事情が大いに変化し、被告学園については、原告に対し本件定期金の支払いを続けるべき基礎が失われているので、原告の請求に応ずることはできない旨主張しているが、本件契約第二条(ロ)後段但書によれば「但し同月(昭和三二年三月)から三〇ヶ年を経ない間に、同人(原告)が死亡した時と雖も昭和三二年三月末日から起算した同期間中は、右金額を同人(原告)の相続人に支払わなければならない。」と規定されているところからすれば、学校経営の基礎がどのように変化しようとも被告学園(学校法人石田学園)の存続するかぎり、被告としては本件定期金支払いの責を免れることができないこと明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  争いのない事実

1  原告が亡石田眞一の長男で、昭和三二年二月被告学園を退職するまで、昭和一五年三月以降同学園の理事長の役職にあったこと。

2  右退職に際し、昭和三二年二月二一日作成された公正証書により、原・被告間において、

(一)  被告は、原告に対し、昭和三二年三月から原告死亡に至るまで、毎月末日かぎり一回金五万円宛支払う。

(二)  右金額については、著るしい物価の変動又は被告学園の経営上の事情の変化等に応じ、双方協議の上その額を増減し得るものとする。

ことを内容とした本件契約が締結されたこと。

3  そして、右定期金の額については、昭和四四年四月二五日広島簡易裁判所における調停で、同年五月一日以降一ヶ月二万円宛増額され金七万円となり、「被告は、原告に対し右金員を同月以降毎月末日かぎり支払う。」旨の調書(債務名義)が作成されたこと。

4  その後原告は、昭和五〇年一〇月再び被告を相手方として、広島簡易裁判所に調停を申立て、本件定期金の増額につき協議を求めたが、被告との合意ができず、右調停は不調となったこと。

以上の各事実は当事者間に争いがない。

二  ところで、被告は、原告も自認しているように、本件契約には定期金の額につき「双方協議の上その額を増減し得るものとする。」旨の特約が存するが、このことは、双方が協議の上合意に達しなければ増減できないものと解すべきであるから、本件において右の合意が成立していない以上、原告からの一方的な増額金支払請求は許されないと主張しているので、先ずこの点につき判断する。

しかしながら、一定額の長期間給付を目的とする継続的契約関係において、「双方協議の上その額を増減し得る。」旨の特約が存するときは、右協議が調わない場合につき特段の定めがなくても、かような場合裁判所に対して協議に代わる判断を求めることができると解するのが相当である。けだし、裁判所が国民のため民事紛争の最終的解決機関たる機能を有していることに鑑みると、当事者間において本件契約に関する紛争につき訴え不提起の合意が明示的になされていないかぎり、前記契約条項を被告主張のように解することは到底できないところである。

また、被告は抗弁において右契約条項の存在を理由として、本件定期金額の減免を求めているのであるから、このことからしても被告の主張は自己矛盾のそしりを免れない。

したがって、被告の右主張は主張自体理由がない。

三  抗弁についての判断

1  抗弁1について

(一)  《証拠省略》によれば、被告の主張している抗弁1の(一)ないし(三)の各事実は、いずれもこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  しかしながら、本件契約締結当時の学校法人石田学園と現在の被告学園とが法律上同一人格の法人であることは、被告において自認しているところであるから、右認定のような事情の変更があり、被告学園の経営内容が本件契約締結当時と現在とでは全く変っているとしても、被告学園から分離独立した広島山陽学園において、本件契約上の債務を引受け、これを原告が承認している等の特段の事情の存しないかぎり、被告としては本件契約上の債務を免れることはできないと解すべきである。

(三)  しかして、右特段の事情の存在については、被告より主張・立証がないので、被告の右抗弁は理由がなく到底採用できない。

2  抗弁2について

(一)  被告が、原告に対し、本訴第三回口頭弁論期日(昭和五一年一一月一五日)に、主張のような事情の変更を理由として、本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、双務契約において一方の当事者から事情の変更を理由に当該契約を解除できるためには (イ)事情の変更が当事者の責に帰すべからざる事由によって生じたこと(ロ)事情の変更のあった結果、当初の法律効果をそのまま維持し発生させることが、著るしく信義公平に反すること、が必要である(最判昭和二九年二月一二日判決参照)と解すべきところ、被告が主張するような事情の変化があったとしても、それが被告の責に帰すことのできない原因によって生じたとは必ずしも言えないばかりでなく、また、成立に争いのない乙第一号証(贈与契約公正証書)の内容全体(特に同契約第二条(ロ)後段但書に「但し、昭和三二年三月から三〇ヶ年を経ない間に原告が死亡した時と雖も、昭和三二年三月末日から起算して三〇年を経過するまでは、本件契約金額を原告の相続人に支払わなければならない。」旨の規定が存すること。)ならびに弁論の全趣旨をも併せて本件を検討すれば、未だもって、当初の法律効果をそのまま維持し発生させることが、著るしく信義に反し、公平を害するとは認められないところである。

(三)  したがって、被告は、主張のような事情の変更を理由として本件契約を解除することはできないものと言わねばならないから、被告の右抗弁は、爾余の点について仔細に検討するまでもなく理由がないので排斥を免れない。

3  抗弁3について

(一)  本件契約第三条に「本件定期金の額については、著るしい物価の変動又は被告学園の経営上の事情の変化等に応じ双方協議の上その額を増減し得るものとする。」旨の特約条項が存することは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告学園は昭和四九年春ごろ、国から交付を受けている私学助成金の経理内容等につき、会計検査院検査官の検査を受け、その際本件定期金につき問題がある旨口頭で指摘されていることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして被告学園の経営内容につき、事情が変化していることは前認定のとおりである。

(二)  しかしながら、

(1) 本件定期金給付の免除を求める趣旨が、単なる事情の変更のみを理由とするのであれば、それは事情の変更を理由とする本件契約解除の主張と実質的に変りがないわけであるから、会計検査院の係官から、右認定のような指摘を受けたとしても、そのことのみを理由として、国からの助成金が現実に減額されたというような事情が存しないかぎり、未だ、本件定期金の給付を維持させることが、著るしく信義公平に反するとは認められないので、到底これを採用することができない。

(2) また本件定期金給付の免除を求める趣旨が、それは減額の最たるものであるから、前記第三条の特約を理由とするのであれば、後記(3)で説明するのと同一の理由により、これを肯認することができない。

(3) 本件契約が締結された昭和三二年二月当時から現今まで物価が著るしく高騰し、それに相応して貨幣価値が年々低落し続けていることは公知の事実である。

それだからこそ、昭和四四年四月広島簡易裁判所における調停で、本件定期金の額が同年五月以降当初より一ヶ月二万円宛増額されて月七万円となったのである。

したがって、本件契約第三条の特約を理由として本件定期金の額を算定するには、通常増額の場合しか考えられないのであるが、同条には「被告学園の経営上の事情の変化等に応じ……その額を増減し得るものとする。」旨規定し、減額される場合も想定しているので、本件契約上いかなる場合が減額に相当するのか考えてみるに、《証拠省略》を総合すれば、被告学園が極端な経営難におちいり、財政が窮乏して本件定期金の給付を続けることが著るしく困難になった場合には、物価の高騰にもかかわらず、その減額を請求し得るが、そうでなければ、現今までの物価情勢に照らし減額の請求はおろか、その額の現状維持をも主張できないものと解するのが相当である。

しかして、本件においては、被告より、被告学園の財政が窮乏し、本件定期金の給付を続けることが著るしく困難である旨の主張・立証はなく、かえって《証拠省略》によれば、被告代表者である石田成夫は、昭和四九、昭和五〇年度における広島県下の高額所得者三〇〇名以内の中に名を連ねていることが認められ、これに反する証拠はないので、被告学園の経営は財政的に順調であると認められる。

そうすると、被告の抗弁3の主張はすべて理由がないことになるので、いずれも採用できない。

四  本件定期金の増額について

以上説明のように、被告の抗弁はいずれも理由がなく、また本件契約締結後現在まで物価が高騰し続けていることは前認定のとおりであるから、本件定期金は増額すべきものであるところ、原告主張の額につき争いがあるので増額するとすれば、いかなる額が相当かにつき、以下判断する。

1  原告は、本件契約締結当時である昭和三二年と、本件訴え提起直前の昭和四九年における公務員の給与ペースを比較し本件定期金は月額三〇万円に増額さるべきであると主張しているようであるが、原・被告間においては、昭和四四年四月広島簡易裁判所における調停で、同年五月分以降月額七万円に増額する旨の合意が一旦成立したのであるから、右日時と金額を基準とし、原告請求にかかる昭和五〇年一〇月一日現在の増額すべき定期金の月額を算定するのが相当であり、また右算定の資料としては、本件契約第三条が「著るしい物価の変動」と規定されている点よりみても、給与ベースの変動によって比較すべきではなく、消費者物価指数の変動によって比較するのが合理的である。

2  そこで、右基準により昭和五〇年一〇月一日現在における増額さるべき本件定期金の額を検討するに《証拠省略》によれば、昭和四四年度と昭和五〇年度の消費者物価指数を比較すると、およそ一、八倍に高騰していることが認められるので、これにより計算すれば昭和五〇年一〇月一日現在の本件定期金の額は、月額一二万六、〇〇〇円(70,000×1.8=126,000)に増額されるのが相当である。

3  そうすると、前記調停の成立によって既に債務名義が確定している月額七万円より五万六、〇〇〇円増額されるべきことになり、右増額部分については、原告は、同日より本件訴訟の弁論が終結された日(昭和五五年三月六日)以前に既に弁済期の到来している同年二月分まで合計五三ヶ月分二九六万八、〇〇〇円の給付を未だ受けていないことは、弁論の全趣旨より明白であるので、被告としては、原告に対し、右二九六万八〇〇〇円と、同年三月より原告死亡に至るまで、月額五万六、〇〇〇円宛を、前記調停により債務名義が確定している月額七万円の定期給付金に加えて、毎月末日かぎり支払うべき義務があるものと言わねばならない。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、被告に対し、既に支払期の到来している右二九六万八、〇〇〇円と、昭和五五年三月から原告死亡に至るまで、毎月末日かぎり一ヶ月五万六、〇〇〇円の割合による金員の支払を求める限度で正当であるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 植杉豊)

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